高い声が出ない、という悩みの多くはここに行き着きます。地声と裏声のあいだにある声。ミックスボイスと呼ばれているものです。
よくこう説明されます。「地声と裏声が混ざった声」。
研究を読むと、混ざっていませんでした。
第一章
声帯は「どちらか」しかない
まず言葉を整理します。声帯の震え方には、大きく分けて2つのやり方があります。研究では低い側をM1、高い側をM2と呼びます。地声と裏声にあたるものだと考えてください。
そしてこの2つは、音の高さで見ると重なっています。同じ高さの音を、どちらのやり方でも出せる範囲があるのです。
同じ高さの音を、M1でもM2でも出せる範囲があります。ミックスと呼ばれる声は、この重なりの中にあります。
ここが肝心です。重なっている範囲であっても、そのとき声帯が使っているのは M1 か M2 のどちらか一方でした。中間のやり方は見つかっていません。
プロの歌手2名を細かく測った2007年の研究が、こう書いています。「一般的な考えに反して、ミックスは中間のやり方で作られるのではなく、M1かM2のどちらかで作られる」。
第二章
では、何が「ミックス」なのか
2007年の研究は、ミックスの正体についてこう述べています。本質は、響きの調整である。
声帯の震え方を中間にしているのではなく、口や鼻の中の形を変えて、聴こえ方を寄せているということです。
これを裏付ける測定が、2014年に出ています。男性のオペラ歌手7名に、同じ高さ・同じ母音を、地声側と裏声側の両方で歌ってもらった研究です。741回測っています。
男性オペラ歌手7名・741回の測定。同じ高さ・同じ母音でも、裏声側のほうが共鳴の高さが低く出ました。
つまり、声帯側と響き側は、切り離せません。どちらか片方だけを直そうとしても、思ったようにはなりません。
第三章
いちばん大事なこと
この2014年の研究には、もっと重要な結果があります。ここが今日いちばんお伝えしたいところです。
歌手たちの響きの合わせ方はばらばらで、
全員に共通するやり方の証拠は得られなかった。
プロのオペラ歌手7名です。全員が高い技術を持っています。それでもやり方が揃っていませんでした。
ここから言えることは、はっきりしています。
「この練習をすればミックスが出せます」という、万人向けの正解は見つかっていません。
ネットで見つけた練習法を試して、うまくいかなかったことがあるかもしれません。それはあなたのせいではありません。その方法がその人には合っていた、というだけのことです。
第四章
レッスンでは、どうしているか
ここからは研究ではなく、Moon² のレッスンでやっていることです。
正解の形を教える、という進め方はしていません。かわりに、いまどちらに寄っているかを聴いて、逆の方向に寄せる材料を渡します。
渡す材料は、母音と子音の組み合わせです。よく使うのはこの2つです。
- 一地声の方向へ寄せたいとき「グ」「ガ」など、Gではじまる組み合わせ。
- 二裏声の方向へ寄せたいとき「ウェ」「フィ」など。
近い研究はあります。プロのテノール4名をMRIで撮影した2014年の研究では、母音によって、のどの奥の広がり方が違っていました。ただし著者らの結論は「母音の条件は、声区による声道の変化に部分的に影響しうる」という控えめなもので、断定はしていません。
方向としては矛盾しませんが、「この母音を使えばこうなる」と言えるところまでは、まだ来ていません。
第五章
うまくいかないほうが、多い
正直に書きます。カウンターを打っても、うまくいかないことはよくあります。そのときにどうしているかを共有します。
| 起きること | なぜ | どうするか |
|---|---|---|
| 効いた | — | そのまま進めます |
| 効かない | 声帯側が動いても、響きが伴っていないと音として出てきません。第二章のとおり、2つは切り離せません | その練習で良くなった点だけを残して、別の発声に移ります。全部うまくいくまで粘りません |
| 寄りすぎた | カウンターが効きすぎることも、よくあります | こんどは逆を打ちます。振れ幅を狭めながら、真ん中に寄せていきます |
一発で当てにいく進め方ではありません。行きすぎたら戻す、を繰り返します。
第六章
今日やること
まず、自分がどちらに寄っているかを確かめます。それが分からないと、どちらのカウンターを打てばいいかが決まりません。
| 時間 | やること | |
|---|---|---|
| 3分 | 境目を探す 低いところから半音ずつ上げていき、苦しくなる/引っくり返る高さを見つけます。そこがあなたの重なりの入口です | |
| 2分 | どちらに寄っているかを見る その高さで、力んで押し上げているなら地声寄り。息が抜けて軽くなるなら裏声寄りです | |
| 4分 | 逆を試す 地声寄りなら「ウェ」「フィ」、裏声寄りなら「グ」「ガ」で、同じ高さを出してみます | |
| 3分 | 行きすぎていないか見る 逆に振れすぎていたら、こんどは反対の材料を少しだけ入れます |
第七章
近づいたかどうかの見分け方
レッスンでは、次の3つを聴いて判断しています。研究で確かめられた基準ではなく、Moon² の基準です。
- 一喉が締まっていないこと地声から裏声へ移っていく高さで、押し込むような感じが無いこと。
- 二響きが上に寄っていること鼻や頭のあたりにある程度寄っていて、重たく引きずっていないこと。
- 三つなぎ目に段差が無いことその前後の地声・裏声とのあいだに、音色の切れ目を感じないこと。
第八章
よくある勘違い
- 地声と裏声が混ざっている
- プロ2名を細かく測った研究では、声帯の震え方は低い側か高い側のどちらかで、中間のやり方は見つかりませんでした。混ざっているのは声帯ではなく、聴こえ方です。2007年の研究(プロ2名・会議発表)
- 正しい出し方が決まっている
- プロのオペラ歌手7名を測った研究で、響きの合わせ方は歌手ごとにばらばらでした。全員に共通するやり方の証拠は得られていません。2014年の研究(男性オペラ歌手7名・741測定)
- 響きだけ直せばいい
- 同じ高さ・同じ母音でも、声区が変われば響きも変わっていました。2つは連動しています。そしてレッスンで見ていると、つまずくのは声帯側のほうが多いです。2014年の研究+レッスンでの実感
- 一度できれば安定する
- レッスンでは、行きすぎては戻すことを繰り返しています。一発で当てにいく進め方はしていません。レッスンでの実感
さいごに
この回でお伝えしたかったこと
ミックスボイスは、声帯が混ざった状態ではありません。聴こえ方を寄せた結果です。そしてその寄せ方に、万人共通の正解は見つかっていません。
だからこの教材でも、「こうすれば出ます」とは書きません。書けるのは、いまの自分がどちらに寄っているかを知って、逆を試すというやり方までです。
出典
この回で使った研究
3件です。3件とも根拠の強さが違うので、そこも書いておきます。英語の行は論文を探すときの正式な名前なので、読み飛ばして構いません。
- プロの歌手2名を測り、ミックスが声帯のどの状態で作られているかを調べたもの(2007年)会議発表・2名 Castellengo, Lamesch & Henrich, Proceedings of the 9th International Congress on Acoustics, Madrid. 原文を見る
- 男性のオペラ歌手7名に、同じ音・同じ母音を地声側と裏声側の両方で歌ってもらい、共鳴の高さを741回測ったもの(2014年)学術誌の査読論文 Henrich Bernardoni, Smith & Wolfe, The Journal of the Acoustical Society of America, 135(1), 491-501. 原文を見る
- プロのテノール4名をMRIで撮影し、6つの母音で音階を上がるときの、のどの中の形を調べたもの(2014年)要約のみ・4名 Echternach, Traser & Richter, Journal of Voice, 28(2), 262.e1-262.e8. 原文を見る
この回は、日々トレという教材の一部です。月曜から土曜まで、日ごとに練習の種類が決まっています。
- 今日やることが1つに決まっています。何から始めるか迷わずに済みます
- 30の練習すべてに「できたかどうか」の判定があります。やってみましょう、で終わりません
- メトロノームも音階も、ページの中で鳴らせます。アプリは要りません
- 12週で1周します。1日10分です