火曜はピッチの日です。最初に、数字をひとつ見てください。
ある大学で1,105人に聞いたところ、59%の人が「歌でメロディを真似できない」と答えました。半分以上です。
同じ研究チームが、実際に声を録音して測りました。1半音以上ずれていた人は、10〜16%でした。
第一章
自分で思っているほど、ずれていない
米国の大学生が対象です。同じ研究チームが、アンケートと実測の両方を行っています。
さらに興味深いことがあります。この研究では、「自分は歌でピッチを真似できない」と申告した人だけを集めたグループも作りました。ずれる人の割合が上がるはずです。
上がりませんでした。論文にはこう書かれています。「驚いたことに、この事前選別によって、ずれる人の割合は増えなかった」。
著者らの結論を、そのまま引きます。
多くの人(おそらく50%を超える人)が、そうではないのに、自分を歌えない人だと思っている。
第二章
ずれている人も、耳は悪くなかった
では、実際にずれていた10〜16%の人はどうでしょうか。「音痴」という言葉は、耳が悪いことを意味しているように聞こえます。
この研究では、声を出す課題とは別に、2つの音の高さが同じか違うかを聞き分ける課題もやってもらっています。結果はこうでした。
ずれる人と、正確な人のあいだに、聞き分けの成績の差はありませんでした。
聞き分けの成績から、歌の正確さを予測することもできませんでした。つまり、耳の問題ではなかったということです。
第三章
ずれ方には、規則があります
ここが今日いちばん実用的なところです。ずれ方は、でたらめではありませんでした。
- 一一定の方向にずれる高い音から始まる音列でも、低い音から始まる音列でも、同じ方向に同じくらいずれました。音全体が引っ越したような形です。
- 二音の幅が縮む大きく跳ぶところを、実際より狭く歌う傾向がありました。
- 三自分の楽な高さに引っ張られるどの音を歌っても、自分が出しやすい高さのほうへ寄っていきました。
メロディの形(上がる・下がる)は保たれていました。崩れているのは、絶対的な高さだけです。
第四章
正しい音を重ねると、かえって悪くなった
この研究には、意外な結果があります。歌っているあいだ、正しい音を一緒に鳴らして聴かせる条件を作りました。手助けになるはずです。
ずれる人では、個々の音がかえって不正確になりました。
著者らの説明はこうです。第二章の図を思い出してください。詰まっているのは変換の段階でした。正しい音を聴いて直そうとしても、その修正がまた同じ変換を通るので、正しい発声にたどりつかない。
第五章
レッスンでは、どこでずれるかを切り分けます
ここからは研究ではなく、Moon² のレッスンでやっていることです。
「音痴かどうか」という見方はしません。どこでずれるのかを、順番に切り分けます。
そしてずれる場所が分かったら、そこだけを狙って練習します。ドからその音へ跳ぶ動きを含んだ音階を組み、慣れてきたら、その音が絡む別の音階に移ります。
この進め方が成り立つのは、第三章の「ずれ方に規則がある」があるからです。でたらめにずれているなら、どの音でずれるかを特定しても意味がありません。
もうひとつ、人の声に合わせるのと、楽器の音に合わせるのを分けて見ています。同じ「音を合わせる」でも、うまくいき方が違うことがあるからです。第二章で紹介した研究の考察にも、「うまく歌えない人は、自分の声と他人の声を聞き分けるのが難しい可能性がある」という記述があります。
第六章
今日やること
著者らは、実用的な示唆をひとつ書いています。自分が楽に出せる高さに合わせた音域で真似ると、より正確に歌えるかもしれない、と。第三章の「楽な高さに引っ張られる」の裏返しです。
今日はそれを試して、あわせて第五章の切り分けを、1段目だけ自分でやってみます。
押すと鳴り続けます。止めずに重ねてください。
| 時間 | やること | |
|---|---|---|
| 2分 | 楽な高さを見つける 「あー」と何も考えずに声を出したとき、いちばん力のいらない高さです。上のボタンを順に押して、いちばん近い音を探します | |
| 2分 | 楽器の音に合わせる その音を鳴らしたまま、同じ高さを出します。うなりが消えたところが合った位置です | |
| 3分 | 人の声に合わせる いま出した自分の声を録音して、再生しながら重ねます。楽器のときと、やりやすさが違いますか。第五章の切り分けの1段目です | |
| 2分 | その前後だけで動く 楽な高さの上下2〜3音の範囲で、隣の音へ動いて戻ります。遠くへ行かないのが今日のポイントです | |
| 1分 | ずれの向きを見る 録音を聴き返し、いつも同じ方向にずれているかを確かめます。上ずるのか、下がるのか |
楽器のときと声のときで、やりやすさが違った場合。それはそれだけで手がかりになります。どちらが合わせやすいかで、次に何を練習するかが変わります。
第七章
よくある勘違い
- 音痴は、耳が悪い
- 実際にずれていた人も、2つの音の高さを聞き分ける課題では、正確な人と差がありませんでした。聞き分けの成績から歌の正確さを予測することもできませんでした。2007年の研究(米国の大学生)
- 自分は音痴だ
- 「歌で真似できない」と答えた人は59%。実際にずれていたのは10〜16%でした。著者らは「多くの人が、そうではないのに自分を歌えない人だと思っている」と述べています。2007年の研究(1,105名のアンケート+実測)
- 正しい音を聴きながら歌えば直る
- この研究では、正しい音を重ねた条件で、ずれる人はかえって不正確になりました。ただし課題は4音の知らない音列で、曲を歌う場面とは違います。2007年の研究
- でたらめにずれている
- ずれ方は一定方向で、音列が変わっても再現しました。メロディの形は保たれていました。規則があるということは、寄せ戻せる余地があるということです。2007年の研究
さいごに
この回でお伝えしたかったこと
「自分は音痴だ」と思っている人のうち、実際にずれている人はごく一部です。そしてずれている人も、耳が悪いわけではありませんでした。
詰まっているのは、聴いた音を声の動作に変換するところ。そこはでたらめではなく、一定の方向にずれています。
だからこの教材では、まず自分がどちらにずれるのかを知ることから始めます。方向が分かれば、寄せ戻す手が打てます。
出典
この回で使った研究
2件です。どちらも本文を最後まで読んだうえで載せています。英語の行は論文を探すときの正式な名前なので、読み飛ばして構いません。
- 知らない4音の音列を声で真似てもらい、ずれ方と、音の高さの聞き分けの両方を測ったもの(2007年・米国の大学生)全文を読みました Pfordresher & Brown, Music Perception, 25(2), 95-115. 原文を見る
- 自分の演奏の録音を聴くことに効果があるかを調べた実験(2025年・各グループ8〜9名)全文を読みました Nusseck, Wild, Sischka & Spahn, Frontiers in Psychology, 16, 1568021. 原文を見る
この回は、日々トレという教材の一部です。月曜から土曜まで、日ごとに練習の種類が決まっています。
- 今日やることが1つに決まっています。何から始めるか迷わずに済みます
- 30の練習すべてに「できたかどうか」の判定があります。やってみましょう、で終わりません
- メトロノームも音階も、ページの中で鳴らせます。アプリは要りません
- 12週で1周します。1日10分です